「世界で一番ビジネスのしやすい国」のスローガンの下、行わなければならない手続きさえ「規制緩和」しながら進めようとしている規制緩和ですが、このメニューの一つに「教育委員会の廃止」があります。

松江市教育委員会が、市内の小中学校に漫画「はだしのゲン」の閲覧制限を求めたことが大きな議論を呼び起こしましたが、最終的に、松江市の教育委員会は、閲覧の制限を撤回しています。

この「教育委員会」をめぐる二つのことについて、私たちは、どのようにとらえれば良いのでしょうか

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はだしのゲンの閲覧制限は、松江市の教育委員会が行なったと報じられましたが、厳密にいうと、報道からも教育長、あるいは、教育委員会事務局の判断だったようです。

政治的中立性や首長からの独立性が求められる教育委員会ですが、教育長は、首長の選任で議会が同意して選ばれます。教育委員会事務局は、公務員=役所の職員で構成されています。

教育長は、首長から選ばれるわけですから、首長と教育に対する考え方はほぼ歩調を合わせていると言っていいでしょう。しかも、大田区がそうですが、区役所の職員から選ばれている教育長が多数派でしょう。

一方の教育委員会は、区長の選任により議会で同意された市民で構成されています。

同じく、区長の選任と議会の同意で構成されているうえ、報酬が支払われ、名誉職的なところもあるため、形骸化しているという指摘もありますが、市民で構成されています。

閲覧制限をしたのは、教育長とも、教育委員会事務局ともとれる報道ですが、いずれにしても、教育委員会の協議の結果ではなかったということです。

閲覧制限の問題が報じられると、教育委員に説明せずに決定したことに批判が相次ぎました。
そこで、教育委員会で協議して閲覧制限の撤回を決めたというのがその経緯です。

産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130826/edc13082616570001-n1.htm

赤旗
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-08-29/2013082903_01_0.html

朝日新聞
http://www.asahi.com/national/update/0826/OSK201308260031.html

毎日新聞
http://www.asahi.com/national/update/0826/OSK201308260031.html


あらためて、「教育委員会」とは、何なのか、確認したところ、文部科学省のHPに非常に分かりやすく説明されていたので、引用します。
文部科学省のHPに非常に分かりやすく、説明されていますので引用します。

http://nasu.seikatsusha.me/files/2013/10/358b30fd259b83b557ac7f3d748492ac.pdf

[教育委員会制度の意義]

①政治的中立性の確保
②継続性、安定性の確保
③地域住民の意向反映

【教育委員会性の特性】

①首長からの独立性
②合議制
③住民からの意思決定

戦前の官僚的、中央集権的教育から、住民自治、地方分権の観点で作られたのが教育委員会であることがわかります。

これは、教育委員会が導入された過程で行われた「教育刷新委員会第1回建議(昭和21年12月27日)」に下記のように記されていることからもわかります。教育委員会制度について:文部科学省初等中等教育局資料P8より

一.教育行政は左の点に留意して根本的に刷新すること。
1.従来の官僚的な画一主義と形式主義の是正。
2.教育に於ける公正な民意の尊重。
3.教育の自主性の確保と教育行政の地方分権。
(略)
二.右の方針にもとづき教育行政はなるべく一般地方行政より独立し且つ国民の自治による組織をもつて行
うこととし、そのために、市町村及び府縣に公民の選挙による教育委員会を設けて教育に関する議決機関と
なし教育委員会が教育総長(仮称)を選任してこれを執行の責任者とする制度を定めること。(略)」

ところが、今、この教育委員会を廃止・権限縮小しようという提案が、国家戦略特区の緩和すべき・廃止すべき規制の一つとしてメニュー (P6)にのせられています。http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/dai5/hearing.pdf

官僚的画一主義の是正や、公正な民意の尊重、教育の地方分権を目指して作られた教育委員会を廃止、あるいは、権限縮小すると、教育は一体どうなるのでしょうか。

地方分権から中央集権にもどり、官僚的画一的で形式主義の戦前の教育に戻るということでしょうか。

教育委員会の廃止・権限縮小が、「世界一ビジネスのしやすい国」の手段ということは、私たちを、ビジネスに都合の良い労働力として教育しようということでしょうか。