市民派議員のサバイバル術に参加した(2014年5月22日)。

主催者の期待するイメージをチラシやHPの紹介から想像↓
評価はともかく、他の議員が取り組まない部分に取り組んできたからのようだ。

★専門家や議員を動かして、がれきの広域処理を食い止めた議員さん。
★前大田区議奈須りえさんは、「広域がれき問題の終息に″奈須りえ″あり」と言われ、また国家戦略特区の危険性を最初に指摘したと言われています。

チラシ

会は、政治が気になっている市民が、どう議会と関っていったら良いのかを一緒に考える場だったと思う。

で、終わってから、こんな感想をいただいた。

「参加させて頂きました!

バカみたいな事を言いますが、どこかで、政治家って政治家になる人がなるもんだって思ってたんです、なんだか。
政治家の2世や政治に精通した人が、なるべくしてなる…みたいな。

だけど、市民派議員というのは必ずしもそうではなくて、私と同じ様な投票行動程度しかしてなかった方が、ある時目覚めてゼロから産声を上げたんだ…という実体験を伺って、物凄く身近に感じました。
投票するたけでなく、応援したり助けたりチェックしたり、私達に出来ることやしなきゃいけないことが、議員さんの要望から良く理解できたのは大きい経験。議会傍聴、行ってみたいです!

選挙に立候補を考えている方には、尚のこと勉強になる生の声だったんじゃないでしょうか。

有意義な時間でした! ありがとうございました。」

ちなみに、私は、大田区で昨年の夏まで10年議員をしたけれど、それまでは、政治に無縁。
集会では、まず最初に議員になったきっかけをお話しした。
その場でお話ししていないこともあるが、次のような趣旨。

東京以外の都市や海外で子育てして、東京に戻ってきたら、実は東京が一番子育てしにくいと感じた。

そんな時、大田区報の児童館委託事業者募集という記事を見つけ応募した。

書類を提出したら、区民の前で説明する場=プレゼンテーションを与えられた。

その時の私は、民間委託反対!という人たちがいることなど想像することもできなくて、自分が体験して足りなかった子育て支援をどう児童館に盛り込むと良い児童館になるかについて意気揚々とお話しした。

会場にいらしていた多くの傍聴者は、初めての児童館民間委託を心配している区民だったというのは後から知ったことだが、それをきっかけに市民活動しているみなさんと知り合うことになった。

そこから、議員にというお話をいただくことになる。
殺し文句は「あなたが作りたい児童館を作れますよ」
で、議員になろうと決意した。

それまでの私は典型的な無党派で、選挙には行っていたが、投票は選挙広報だけがたより。たぶん、知らない間に新聞やテレビのニュースに影響され、でも、広報を一所懸命読んで、消去法ではあったけれど、しっかり誰に投票するか決めていると思っていた。

自分ではちゃんと選んだつもりだったが、投票する時になって「あれ?誰に決めたっけ?」なんてこともあったし、投票した人が当選したかどうかなんて気にしたことも無かった。
右とか左とかも意識したことも無かったので、イロイロ投票してきたと思う。

で、なってみて、最初の1年間は、何をして良いのか全く分からなかった。

議会質問って何?という感じ。
〇〇は▲ですか?とか聞いて、何の意味が有るんだろうと思っていた。

とにかく、最初の1年間は、様子見。周りを見ることしかしていなかった気がする。

そのうちに、どう考えても理屈に合わないようなことを、粛々と決める状況が見えてくる。

行政が提案を出してきて、型どおりの説明があり、それにお約束のように議員が質問して賛成。

私は、現状と課題があって、その解決策について、いくつかの選択肢から、メリットデメリットをあげて最善のものを選びたい。少なくとも決定過程での、そうした検討を見せてほしいと思うのだが、全然、そうはなっていなかった。

議員になる前は、時々テレビや新聞で悪いことをしている議員や官僚もいるけれど、おおむね良好に進んでいると思っていたが、それが、大間違いだということを知らされる。

と言っても、テレビや新聞のような事件がおきているという意味ではなく、意思決定が形骸化しているということだ。

議会は、容認、追認機関になり下がり、その前に誰かが決めてしまっているという印象をずーっと持っていた。

理論上は、議会で議論して、行政が出してくる案ではダメだったり、もっと良い方法が見つかれば、議会が反対して提案を退けることもできるのだが、そんなことは、議案では皆無だったし、計画などでもなかなかそうはならない。

どう考えても問題のある案が決められてゆく状況が見えるようになる。

そうすると、どうしたら変えられるだろうと考えるし、どう変えられるか考えると、助けてくれる人が出てくる。

だけど、議員だけが孤軍奮闘しても変わらない。

議員の後ろには投票した多くの有権者の信託があるけれど、議会では、多数決。
そこを変えるには、後ろにたくさんの同じことを考えてる「住民」がいるということを示す必要があると思う。

だから私は集会で傍聴を提案した。

議員になる前の私のように、選挙の時だけ、政治に関っている人は多いと思う。

投票した後、議員が何を主張し、何に賛成し、何に反対しているかなんて、ほとんど知らないんじゃないだろうか。

正当な主張は必ず通る。と私は信じている。
ただし、それは、賛同する人が一定程度見えるときだ。

災害がれき広域処理の時、日本の過半数の国民が広域処理に異議あり!といったわけではない。
だけど、根拠をもって広域処理に理が無いことを公の場(議会)で発言した。
そして、それを多くの人がその通り!と思って発言し動いたから、がれき広域処理は当初の見積もり400万tから大幅に減った。

環境ジャーナリスト青木泰さんは処理されたのは12万tだったと指摘している。

政治を変えようと思ったら、いろいろあるけど、傍聴に行くことものその一つだ。
直接意思決定の場に影響させる可能性がある。

行政や議会や議員や政党へのイメージも大きく変わるんじゃないか。

大田区の有権者をざっくり50万人。4年間に多めにみて年100日、4年で400日の議会や委員会が開催される。
一人1回だけ傍聴しても、1回の会議に1,250人の住民が駆け付けることになる。

が、現実には、数人。
傍聴者が0のときだってある。

住民は議会に陳情や請願を出す権利を持っているので、この地域に公園を!とか、発達障害児の支援員を増やして!とか、陳情を出して、たくさんの傍聴が詰めかければ、採択されるかもしれない。

本会議と違い、シナリオ無しの一問一答は、行政が課題にどう取り組んでいるか。議員は、それに対し、どのような問題意識をもって動かそうとしているのか、行政と議員をリアルに見せてくれる。

議会の仕組みを知って、住民がその権利を行使する。

住民自治の基本だと思う。が、その基本を学ばずに大人になっているんですよね。

民主主義の限界と言われていたりもするが、限界以前に、民主主義が機能していない。
まずは、今ある議会制民主主義をどう機能させるか、成熟させるか。