総務省の統計調査がまやかしだったことが明らかになりました。

私たちの所得は減っています。ところが、消費税増税を前に既に、この間の大田区が徴収する額は増えています。使用料利用料や社会保険料が上がっているからです。

可処分所得が減っているということです。にもかかわらず、私たちは社会保障を応益負担という理由をつけられて、有料で買わなければなりません。

しかもこの負担は、税でも社会保険料でもなく、ポケットマネーの位置づけです。

私たちの負担は、見かけ上の可処分所得よりもさらに減っていることになります。

 


水道のドキュメンタリ映画「最後の一滴まで」で衝撃的だったのは、アイルランドでは、水道水が無料だということでした。

そして、有料化するためにメーターを設置しようとする政府に対し、市民は「税の二重取りだ!」と立ち上がります。

日本の社会保障制度も、この、二重取りが行われていると言っていいのではないでしょうか。

かつて、高齢福祉は、一般財源、つまり税金で行われていました。ところが、2000年に介護保険制度がスタートし、保険に代わります。それまで、負担してきた税金が下がったわけではなく、私たちは介護保険料を上乗せで負担することになりました。

しかも、保険料だけでなく、サービスを受ける際には、利用料金を負担しています。ところがこの負担の位置づけは、税でも保険料でもなくポケットマネーです。

つまり、可処分所得から負担しています。

私たちの負担は、見かけ上の可処分所得よりもさらに減っていることになります。


それでも、社会保障で安心が得られていれば、仮に所得が減ったとしても、暮らしやすくなる場合もあるでしょう。

◎年金制度が充実したので、老後のたくわえが不要になった。
◎特別養護老人ホームは誰もが入れるようになったので、老後のたくわえが不要になった。
◎公的住宅制度が整ったので、家賃負担が不要になった、安くなった。
◎公立教育機関が無償になったので、教育のための貯蓄が不要になった。奨学金の返済が不要になった。

・・・・・・・・・数え上げればきりがありません。

しかし、日本の社会保障は、高齢化の自然増を抑制をしていますから、私たちは、年々、受けられるサービスが目減りしています。
たとえば、大田区の発達障害の現場では、サービス需給希望者が増えたので、受ける回数を減らして、受けられる人を増やしました。

前回、大田区の福祉(社会保障)は、メニューはあっても供給量が少なくてサービスを受けられないと言いましたが、それと似た状態が広がっています。

そのうえ、そこから、医療保険負担や介護保険負担が生じるのです。

ただでさえ、サービス供給量がへり、受けられるサービスに上限が設けられた状況ですが、可処分所得の少ない人は、それさえ、負担できずに受けない、受けられないかもしれません。