自民党のHPには「国民の生命と財産を守る安保法制の整備を」というタイトルの記事が有る。

記事を読むと「いかなる事態にあっても、国民の命を守る責任がある」から安保法が必要だと言っている。

生命と財産を守る責任を感じているのは大変ありがたいことだが、どうだろう。

私たちが毎日の暮らしの中で守ってほしいと願う命とは、健康で文化的な最低限度の暮らしに支えられた命であり、財産とは、その暮らしから築き上げた財産だ。

私たちが政治に期待するのは、安心して子どもを産み育て、障害を持っても、としをとっても、病気になっても暮らせる当たり前の毎日だ。

そして、努力すれば、報われて、頑張った分評価され、それによって、より望んだ状況に近付ける社会が良い。

ところが、現状はどうだろう。
税金がいくら上がっても社会保障は整備されない。

都市部の保育は民間事業者の参入により、待機児の数を減らしてきたが、圧倒的保育料の不公平は放置されたままだ。
予防介護は今や「共助」の世界に丸投げされようとしている。

年金はますます不安定になり、次は医療が「財政健全化」という名前のもとコストカットのターゲットだ。

学費は上がり、奨学金という名の借金を抱え社会に出る若者が今や半数程度いるというが、借金をして大学を出ても安定した仕事になかなかつくことができなくなっている。

こういう、当たり前の毎日さえ国民に提供することのできない政治が、安保法で私たちの生命と財産を守ってくれるだろうか。

まずは、毎日の暮らしを安定させてほしい。

それもできない政府が、安保法で外交関係を安定します、国民の生命と財産を守りますと言っても、到底信じられない。