「大田区災害復興条例」が成立しましたが、本来、条文で明確に規定されるはずの目的や定義の無い条例でした。
結果、条例が行うのは、災害時に【区長が災害復興本部長になっていろんなことを決められる】という意思決定システムで、まるで緊急事態条項のようです。

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第92号議案「大田区災害本部復興条例」

について反対の立場から討論します。

この条例は、大田区災害復興本部を置くために必要な事項を定める条例です。

災害等により重大な被害を受けた場合に、被災地の復興並びに区民生活の再建及び安定に関する事業を速やかにかつ計画的に実施するために必要があるときに区長が設置できることとされています。

しかし、具体的に、災害復興本部が何をする機関なのか、その目的や役割がありません。

5条には、廃止の条項もありますが、目的が達成されたと認める時に本部を廃止するとしていますが、どんな目的をどの程度達成されたら災害復興本部を廃止するのか、わかりません。

そこで、条例に目的が明示されていないのは、なぜか質疑したところ、第二条の設置という項目に書かれている、大田区が震災等により、重大な被害を受けた場合において

被災地の復興並びに区民生活の再建及び安定に関する事業「災害復興事業」を速やかにかつ計画的に実施するため必要があると認めるとき、本部を設置する。

部分をもって目的が書いてあると答弁しました。

しかし、これは目的として定められているわけではありません。

本来、条例では、たとえば、第89号の被災市街地復興条例が第一条で目的、第二条で用語の定義をするように、条文で明確に規定されていますが、そうした目的や定義がありません。

被災地の復興並びに区民生活の再建及び安定に関する事業「災害復興事業」だとするなら、災害復興事業は誰がきめるどんなものか、本部は、何を決められるのかもあいまいです。

この条例が示しているのは、区長が災害復興本部長になっていろんなことを決められるという指揮命令系統だけです。

目的も定義されていない条例が区長に権限を委ね、しかも、それがいつまで続くかわからない条例で、ここでも大切なことは規則で委ねることになっています。

ワイマール憲法は、当時、最も民主的と言われた憲法です。そこから、独裁者ヒトラーは生まれます。

1933年3月24日に成立したいわゆる「全権委任法」が生まれたことが、ヒトラーの独裁政府を生むことになったのです。

当時、議会の立法権は、完全に、廃止されたわけではありませんでしたが、有名無実なものとなっていたようです。

今も、全権委任法という議会政治の廃止を議会自身が議決するというようなことがなぜ可能だったのだろうか、と言われています。

私は、こうした歴史に学ぶべきであると感じています。

国は、PFI法改正により実質、地方自治体における利用料金やPFIの議決を不要にしています。地方自治の侵害です。

しかし、大田区議会の本議会においても、施設施行日を条例に委ねる、被災市街地の復興を名目に住民との合意形成部分を区長に委ねる、など、議会自らが、議会の権限を狭め、あるいは首長に権限を委ね、相対的に首長の権限を大きくしています。

私たち大田区議会は、歴史に学び、三権分立の立法府にいるものとして、区民の声を代弁して区民に付託された立法権を堅持するために、首長への権限集中をチェックしなければなりません。そのために、この条例の条文構成は、あまりにも不十分で、区長へのいたずらな権限付与の増大になり、反対です