議案上程時に、質疑することができます。議員になってから質疑してきて、いくつかの変化がみられます。
テロ等準備罪(共謀罪)についての国連からの懸念の書簡に抗議した日本政府に対し、国連報告者が『内容は本質的な反論になっておらず「プライバシーや他の欠陥など、私が多々挙げた懸念に一つも言及がなかった」と指摘した』と報道されていますが、大田区も似てきたなあと感じます。


私が議員になった2003年から、早いもので10年以上が経ちました。

職員もかわり、管理職もかわり、区長もかわり、議員もかわり、大田区議会の中でも、どちらかといえば長い方になりました。

長いと慣れ合いになるなどの批判もありますので、そうならないよう気を引き締め日夜取り組んでいますが、長くやれば、当然、知識や経験が深まりますし、歴史的な経過をおさえて発言できます。
歴史的経緯がわかる、変化がみられるという意味では悪くない、と特に昨今の歴史的経緯をなきものにしようとしている流れに触れるにつけ感じます。

そうした中、5月25日の臨時会での質疑に対する大田区の答弁が変わって驚きました。
委員会報告した日付を羅列し、そこで説明済みと答えたからです。

国連報告者から共謀罪に関する懸念の公開書簡を受け取った政府が、国連に対して抗議したところ、国連報告者から「内容は本質的な反論になっておらず「プライバシーや他の欠陥など、私が多々挙げた懸念に一つも言及がなかった」と指摘されているという報道があり、似ているなあと感じました。

質問されたことに答えていなかったからです。

松原区長になってから、議案質疑の答弁が何回か変わっています。
①質疑を受けるとその場でなく、付託委員会で「聞かれれば答える」になり(委員会で誰も聞かないと答えない。聞いても答えない)
②答弁しないので、答えていない部分について繰り返し質疑したら、「質疑は3回まで」と議会の方で決めてしまい
③それが、「二度になり」
④「二度目の答弁は、副区長でなく部長」にかわり
⑤部長の二度目の答弁が、一度目の答弁を繰り返すだけになりました。

大田区は区民のためになる良いものだから提案しているのですから、ここが良いのだと明確に説明すればいいと思うのですが、それをきちんと説明しません。議会軽視、区民をばかにした答弁だと感じます。

そこにきて、今回の日付羅列の答弁。さらにひどくなりました。

あとから、与党議員もひどいという声が聞こえてきたので、区長に届くといいなあと思います。

質疑に対して、仮に説明済みだとしても日付羅列だけでなく答弁すべきですが、そもそも、なぜ質疑したかといえば、これまでの委員会審議でも明らかにされてこなかったからです。

私は、議案送付されてから、担当部署から説明を受け、できる限り関係資料もチェックするようにしています。そこで、それまで明らかになっていないことを確認してから議案審議(賛否の判断など)に必要な議案上程の前提ともいえる部分の問題について質疑しているのです。

それを、答弁しないのは、行政に白紙委任して賛成せよ。ということでしょうか。
それとも、議案の致命的欠陥は表に出したくない、そんな力が働いているとしたら論外です。

事前に、質疑してほしくないといった声も聞こえてきていましたから、答弁できなかったり、今の時点で明確に答弁して区民と約束するかたちにしたくなかったりという理由があったのかもしれません。

質疑の答弁は最終的には、区長・副区長へ説明して決まるそうです。

議案質疑はじめ質問への答弁の在り方は、大田区の民主主義を大きく左右するものです。区長や副区長が変わるたびにかわっていく答弁のありかたからは、区長などの民主主義に対する姿勢がみてとれます。

政策や方針は首長や議員それぞれに異なるのは当然です。
しかし、説明は十分にすべきですし、互いの意見の違いを明らかにすることから議論がはじまります。何を根拠にどう考えどうしていくのか、そこを明らかにせず、何を議会で議論するのでしょうか。

質疑と答弁がどのような内容だったかは、次の機会に報告します。、