前文部科学事務次官の前川喜平氏に注目しています。

国家戦略特区で獣医学部を新設することについて、行政における「きちんとした手順、議論納得のいく根拠のある意思決定していない」これを言いたかった

と前川氏は、神保哲夫さん、宮台真司さんとのトークの中で発言なさっています。

私は、いまの規制緩和の流れに大きな危機感をもって発言し続けています。

規制は、多くの場合、国民の生命財産など権利を守るために存在します。それを緩和すれば、国民の権利は失われ、自己責任になっていきます。
足りている獣医学部を作れば、それだけ国民の税金が大学に半永久的に流れることになり、その分、必要なところへ税がまわらなくなります。
残念ながら日本の議員は、自分の支持者に利益を分配することで支持を得て当選、という構図もあり、いつの時も「全体の奉仕者」として行動できているかといえば、そうなっていない場面を見てきています。
そこに、法令を根拠にブレーキをかけて国民の権利を守ってきたのが「官僚」だったという側面もあります。

ところが、国では、内閣府が人事権を握り、官僚組織が以前より弱くなっているように見えます。

国家戦略特区の意思決定が、より、大臣や自治体の首長に大きな権限を与え、法令と、根拠や論拠や歴史的経緯や、公平、公正で物事を整理できる官僚の力が相対的に弱まっているように感じます。
あるいは、前川氏が指摘するように、権力のロボットであることを選んでしまっているのでしょうか。

特に、心に残った言葉を大田区はじめ全国の官僚のみなさまと共有できたら、と思い、一部文字に起こした部分(黒太字)を紹介します。

前川氏は、
内閣府と文部科学省の関係。その部分についての問題点を指摘した。
と発言しています。

これは、各省庁の法令や歴史的経緯に基づきて積み上げてきた制度の根拠や論拠と言った体系を、内閣府という政治家直轄の省庁が国家戦略特区という仕組みで壊していることを端的に示しています。
誰が制度を壊して(規制緩和して)いるのか、
その点についての経緯がわかる文書の存在が、あった文書が無いものになっているようにみえるのでそれはおかしい。あったものはあったもの。
というわけです。

「これを現役の時にやっていれば、私に続く職員も続々でてきたかもしれませんけれども」と、やめた後で言っても、という一方で、
「役人には『面従腹背』というものがあるんだと。とにかく身も心もささげるな。とりあえず貸すことはあっても取り返せるときは取り返せ。こういう生き方はどうしても役人には必要」
「完全に権力のロボットになることはしないで 自分の座標軸をもって、おかしいことはおかしいと思いながら仕事をする粘り強く強靭に、機を見て方向転換するときは方向転換して、そういうすべというものも必要」

と後輩にむけた発言があり、涙が出そうになりました。正直、泣きました。
残念ながら、岩盤と言われた日本の国民を守ってきた規制が、国家戦略特区という仕組みで壊されようとしています。

機をみて方向転換するときは方向転換して、そいういうすべというものも必要
だとすれば、機は熟しているとみるべきではないでしょうか。