コロナで家の中にこもっていた時、私たちができたのは、ひたすら消費(=お金を使う)することでした。

国は、コロナで、仕事含め、人に会うことを制限しましたが、お金を使うことは制限しませんでした。

なので、なぜか、対面型の多くの小売店舗は自粛しましたが、コンビニやスーパーなど、空いている小売店がありました。

そうした中で、図書館が閉館しました。

これに対し、私は行政に総括させるべきだと考えています。

図書館は、本と触れる場所であり、人との接触は、貸し出し場面、つまりは、スーパーでしたらレジの部分でしかありません。しかし、行政は図書館を閉じ学校の図書館まで閉じてしまった。国立国会図書館までもです。

【重要】新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う臨時休館のお知らせ(東京本館・国際子ども図書館)|国立国会図書館―National Diet Library (ndl.go.jp)

この期間を過ごしたことで、私たちにとってなぜ図書館が大切なのかが、より明らかになったと思っています。


沢山の本の背表紙の中から、本を選ぶことができる環境はとても大切だと思います。

インターネットで検索して借りることができるのは、頭の中で思い描ける本や、ネット検索で出てきた本、コマーシャルにのった宣伝された本などに限られるのではないでしょうか。

本屋さんに行って、予定外の本も買ってしまったという経験は誰もが持つものです。本の背表紙に呼ばれてしまうのですね。

ネット検索は、AIによるアルゴリズムで、ヒットする順序を変えることは可能で、ネットを運営するのは、公ではなく、市場経済です。

そうなると、知識、歴史、思考などを、市場経済がコントロールすることも可能になります。

たとえば、コロナで図書館が休館の時に、テレビと新聞とネットが情報源になりました。

コロナの見方考え方も、私たちは、あの時にどこのテレビ局の何という番組を見たのか、お気に入りの番組のコメンテーター何と言ったのか、など、何を見ていた、誰から聞いているか、で大きく分かれてしまったのではないかと思います。

コロナの情報について、私たちは、色々な番組があるように見えて、実はスポンサーという資本でつながっているマスコミからの一元的な情報に、大きく左右されてしまったように思います。

マスコミやネット情報が、より大きくスポンサーに左右される時代に入り、図書館、図書館の運営の在り方までもが市場経済に左右されれば、私たちは、感じ方、考え方まで市場経済に左右され、それ以外の情報を入手することが非常に難しくなります。

コロナは、図書館行政の重要性と、マスコミ情報が私たちの知識や思考にどう影響するのか知らしめてくれたと思います。

その図書館が指定管理者制度と言って、民間企業に管理運営を任せる仕組みで、大田区は日本で初めて、全ての図書館に指定管理者制度を導入し、全て株式会社で運営していますから、問題は大きく深刻だと思います。