夫の最初の赴任地が広島だったことや、そこで、広島カープの選手にお世話になったことなど、広島は新婚時代の懐かしい想いの詰まったまちです。そのまちの、原爆のことは、私の心に深く、染みついています
今年も、
広島市長の平和宣言http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/index.html、広島県知事の核抑止力の本質についてのスピーチ
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/52/30heiwakinensikitentijiaisatu.html

に、あらためて平和を願い、戦争をしてはならない、させてはならないという思いを強くしました。

そして、戦争と経済とグローバル化について考えました。

 

国という閉じられた空間で経済活動することは、資本の右肩上がりを制約します。歴史的には、右肩上がりの制約を超えて拡大させるため、「侵略」し「略奪」する手段として【戦争】を行ってきたという風に考えています。資源を略奪し、領土を略奪し、労働力という人を隷属させ植民地化したのが【戦争】で結果として、ある「国」は新規の市場を獲得します。
今、世界は収束経済を迎えています。
収束経済は、一国の閉じられた市場ではもうこれ以上右肩上がりを作れないことを意味します。
これの一つの解決策が「グローバル化」なのではないでしょうか。
「グローバル化」は、【国を超えた経済的略奪】、つまりは【流血の無い戦争状態】で、それを合法的に許すのが、各種の自由貿易協定。
人もの金が自由に国境を越え、投資家の投資の対象になり、右肩上がりを可能にします。ここで、略奪されるのは、やはり同じように普通に生き働く「市民」でしょう。
それさえも、限界を迎えようとしています。
私は湯島広島県知事のスピーチの通り、今こそ、市民が手を取り合い、資本の暴走にストップをかける時だと思います。
韓国に行くのも、同じ課題を抱える国の国民同士が何に向かって声を上げなければならないか、認識を強め、連帯できると思うからです。
そこにこそ、私たちの未来の希望があると思うのです。