前回、「自民党の改憲案が、基本的人権を最高法規と位置づける憲法97条を削除しているのは、TPPの加盟準備
」では無いかとレポートしました。

http://blog.goo.ne.jp/nasrie/e/7b3f6373b720199288d7f8b7c397b39e

法令の意味合いに、「目標に向かっての誘導」と「実態に合わせる」という見方があるとするなら、日本の法令は、後者の色合いが強いと感じています。

自民党の憲法改正案をそうした視点から見ると、現状の変化に気付きます。

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憲法は、公権力を制限する役割を担っています(立憲主義)が、憲法だけで、私たちが暮らせるわけではありません。

そこには、法律があり、自治体レベルでは、条例があります。

しかし、こうした、法律や条例(法令)によって全てが明確に決められるわけではありません。

必ず、グレイゾーンが存在し、いわゆる、裁量の範囲ということになります。

時の流れによる解釈の変化もありますが、自治体によって同じ介護保険でも提供されるサービスが違う。同じ自治体でも、担当が替わることで受けられるサービスが違うなどということも起きてくるのもわけです。

■たとえば表現の自由■

たとえば、下記の表の通り、憲法第21条 (表現の自由)で、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障されています。

現行                   改正案

第21条

1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。 第21条(表現の自由)

1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。

2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

3 検閲は、してはならない。通信の秘密は、侵してはならない。

【現行】

これまでの人権を制約するものは、他人の人権と抵触する場合(公の福祉)に限られているというのがその解釈です。

現在の憲法の解釈では、人権>迷惑行為 となっています。

【改正案】

ところが、自民党の改正案では、その2項において、公益及び公の秩序を害する場合には、表現の自由が認められないことになっています。

自民党改憲Q&Aにもあるように、「公の福祉」から「公益及び公の秩序」となると、他人に迷惑をかける行為がダメになってしまいます。

街頭で、チラシをまいたり、話をしたりする行為は、ある人たちにとって通行などの迷惑になる可能性があります。現行憲法では、人権>迷惑 という解釈によりできることが、改憲案により、人権<迷惑 となり、「誰かが迷惑」と言ったら、集会や街頭での演説、デモなど、人権を主張することもできなくなる可能性があります。

■表現の自由とデモや集会■

★反原発デモ@東京都立日比谷公園

たとえば、 昨年の秋、東京都は、反原発のデモでの東京都立日比谷公園使用を、公園管理上の支障を理由に不許可としています。

団体が、デモが近いため、「表現の自由を行使する機会が失われる」などと処分取り消しを求めて提訴しましたが、地裁もそれを認めませんでした。

★映画「選挙」上映会@千代田区立図書館 中止申し入れ

今年、6月には、千代田区立日比谷図書館で上映予定だった、相田監督の「選挙」という映画の上映会ですが、会場の図書館を所有する千代田区
が内容に懸念を示し、図書館側から一方的に中止を告げられていたことがわかった。話し合いの末、予定通り2日に上映することになった。

という報道もあります。

http://www.asahi.com/area/tokyo/articles/TKY201307010439.html

その後、千代田区は、図書館は、指定管理者制度により行われているため、上映中止の判断をしたのは、千代田区ではなく、指定管理者構成員である株式会社図書館流通センター(以下「TRC」という。)から、「上映中止の判断を行った」との報告を受けた。「会社としてまったく関与していない上映会であり、社員が個人的に進めていた。・・・などと経緯を説明しています。

しかし、千代田区も説明している通り、指定管理者制度とは、区が指定管理者に、公の施設の使用許可を委ねるしくみであり、そこから生じる問題の責任は千代田区の責任ととらえるべきでしょう。

http://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/bunka/bunka/toshokan/hibiya.html

いずれにしても、現在においても、他者の人権を侵害しない範囲で保障されている表現の自由という憲法上の人権も、必ずしも、いつの時もすっきりと、誰もがすぐ分かる形で運用されているわけでは無さそうです。

■行政の裁量権と私たちの意識■

「情報公開法:平成11年成立」「行政手続法:平成5年成立」などが法整備されてきたのは、公権力を公平に、適正に行使させるため、その裁量をできる限り小さくするための一つの方法ともいえます。

 行政の権限を行使する「許可」が、恣意的に行われないよう、大田区の行政手続条例には、「審査基準」をできるだけ具体的にして、公表しておきなさい。と定めています。

大田区行政手続条例

(審査基準)

第5条 行政庁は、申請により求められた許認可等をするかどうかをその条例等の定めに従って判断するために必要とされる基準(以下「審査基準」という。)を定めるものとする。

2 行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、当該許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。

3 行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、条例等により当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。

この条例は、平成7年10月16日に成立し、翌年4月から施行されています。

行政手続法ができて、私たちは、ひとつ権利を得たと安心しているかもしれませんが、逆に、

行政上特別の支障のあるときを除き という文言は、その運用によっては、行政に裁量権を与えてしまったとも言えます。

「人権を制約するものは、他人の人権と抵触する場合(公の福祉)に限られているという解釈」にこだわっていなければ、運用は形骸化する可能性があるということです。

そして、今、政治に関心の無くなってきている私たちの意識を見透かしたように、声高に叫ばれるようになっているのが、自民党の憲法改正案であると感じています。