4月にこの連載がスタートした時に書いた通り、「ひとにやさしいまちづくりを進める大田区民の会(=やさしいまちづくりの会)」は、障害者、高齢者、子どもたちや子育て家庭など、バリアフリーのまちを必要とする当事者を中心に、バリアフリーのまちづくりを進める活動を行っている。
 これまで「やさしいまちづくりの会」が取り組んできた、バリアフリー点検も、バリアフリーガイドマップ作りも、総合学習のプログラム作成も、バリアフリーのまちにしていくためには大切なことだ。
 
 しかし、バリアフリー点検を行い、そこで明らかになった物理的なバリアが、即、解決されるかといえば、それはなかなか難しい。 
 また、便利なガイドマップも予算がなければ更新することは出来ない。問題が指摘されながら解決できないこと、必要だと誰もが認識していながら未だ取り組めていないことも残念ながらたくさんある。
 
 物理的なバリアを取り除き、バリアフリーを進めることは、車いすでも、ベビーカーを押しても、白杖でも、誰でも歩きやすいまちになることで、利便性は向上する。
 しかし、物理的なバリアを取り除くことだけで「ひとにやさしいまち」になるのかと言えば、必ずしもそうではない。
そのために、私たちは、総合学習への取り組みや、様々な学習会などの啓発活動も行っている。また、バリアフリーガイドマップの掲載条件は、物理的なバリアフリーに限らず、心のバリアフリーに取り組む姿勢を重視した。
 バリアフリーのまちづくりは、バリアが有ることで制限されてしまうまちに出る機会を増やすことや、人と人との接点をより多く作ることのためにあるのではないだろうか。
だから、バリアを取り除いても、外出したいまちになっていなければ、バリアフリーにした効果は半減してしまう。

 最近、子連れの海外旅行が居心地良かったという話を聞く機会が多い。
 子どもに大変やさしく、子連れに大変親切であること。公共の交通機関を利用していても、子連れと見れば、すぐに席を譲ってくれる。まちなかで泣いてもイヤな顔をされることもなく、隣に座っている人が必ずといってよいほどあやしてくれる。こうしたことに居心地の良さを感じると聞くと、逆に日本では、そうしたことを日常的に体験できなくなっているのかと寂しくなる。
少子高齢化社会の到来により、バリアフリーが合言葉のように唱えられる昨今、技術と設備でバリアを解消できても作ることの出来ない「やさしいまち」をどのように作りあげていくのかは、非常に大きな課題だ。
 
 バリアフリーは、目的ではなく手段であることに、私たちは気づかなくてはいけないのではないだろうか。