国家戦略特区についての全日農政策研究会での講演:文字おこし(1/21)

国家戦略特区についての全日農政策研究会での講演(1/21)文字起こしより

奈須りえと申します。東京都大田区で10年間区議会議員をしていました。

 特区は構造改革特区、総合特区、そして現在大きく問題になってきております国家戦略特区と形を変えています。その内の総合改革特区で、区議をしていました大田区も一部指定を受けました。それは、羽田空港の沖合い展開によりできた跡地です。空港が少し海側に移動した時にできた跡地をどのように開発していくかということで、大田区が特区に手を上げたのです。しかし、その時のやり方がどうにもおかしいと思い、3年位前からいろいろな委員会に報告が出るたびに調査をしてきました。中身がTPPに非常に良く似ているのではないかと思って追い掛けてきたんですが、やはり、最終的には国家戦略特区という形で規制緩和の突破口として位置付けられているということが判りました。

 TPPに批准したからといって、規制緩和が全て可能になるわけではありません。日本は法治国家ですから、それに関わる法律、政令、省令を変えていかなければいけない。内閣総理大臣といえども簡単には変えることはできません。国会の議決が必要であったり、事前に地域の農業委員会等といった所に諮問しなければならないわけです。ところが、そういった手続きを飛び越えてできてしまうのがこの特区という仕組みであるということが見えてきました。

 特区という制度は小泉政権の構造改革の時に始まっております。その時の国会では、1つの国に2つの制度はおかしいのではないか、法律の下での平等にも欠けるではないかなどの議論がありました。それが地域主権、地方分権が合意形成のポイントとなって通ってしまったんですね。ドブロク特区などの形で地域の努力で特区という制度を活かしていこうということで始まったわけなんです。1国2制度もの法の下の不平等も、税財政措置は取らないということでスタートしました。これが構造改革特区です。

ところが、2011年、東日本大震災直後の4月に出きた総合特別区域法という法律が、法律的に大きな問題を越えてしまいます。構造改革特区の時には税財政措置はやらないと言っていましたが、ここで法人税や固定資産税の減免、あるいは利子補給もやりましょうと法律に入ってしまいました。

もう1つの大きな変化が、構造改革特区では地方の努力ということでスタートしましたが、総合特区では都市部へ展開しています。東京、川崎、横浜、或いは京阪神、名古屋、九州といった大都市部でこの特区制度を積極的に行うようになっています。この総合特区制度は国際戦略特区と地域活性化特区の2つに分かれています。どちらとも減税を伴うものです。

そして今回、国家戦略特区が、昨年の12月に法律として制定されました。構造改革特区の時には、国民生活の向上という言葉が使われていました。ところが、国家戦略特区では、国民生活は二の次で民間投資、国際競争力、ビジネスという言葉が先に出て来るようになっています。基本となっている考え方は、産業競争力会議で竹中平蔵氏が提案しました。そこには、国民生活という言葉はまったくありませんが、投資という言葉は100以上も入っています。

 地方分権を進めながら地域のためにという美しい言葉でスタートした特区ですが、大震災のドサクサに紛れてやってはならない減税を伴いながら、最終的にはビジネスのための特区になっているということです。

 日本国憲法95条には、「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」とあります。例えば、この地域では農業において土地売買も全く自由にしなさいとなれば、他区域と違いが大きいですから、当然地域の農業経営者に大きな影響が出ますが、住民投票で住民が良いとするのであれば法律は通しても構いませんということです。

構造改革特区の時の議論では、特区とはいうが法律が制定できたら全国どこの自治体でもその制度は使えるのだから住民投票は不要と言っているんですね。調べますと、法の趣旨を超えない範囲においての特区の制度であれば良いということで進められてきています。これまでの規制緩和、これまで守ってきた法律を越えることはできなかったんです。

ところが、今回の国家戦略特区の法案が提案された時には入っていなかった「修正」が衆議院で行われています。その修正の中で、今回一番大きな問題と思っていますのが、構造改革特区の中で法改正について国家戦略特区でも使っていいとなっていることです。

 構造改革特区では法の趣旨を超えない範囲でできていた規制緩和を、今回の国家戦略特区ではとにかく構造改革に盛り込まれているものは地域からの提案でどのようにも緩和できると読み取れるわけなんですね。その証拠に、国家戦略特区法ができた直後の竹中平蔵さんもいる国家戦略諮問会議の議論の中でも、この特区という制度を使って2年以内に日本の岩盤規制と言われる規制を全部突破して行こうと話し合われているんです。

 国家戦略特区がどのように進められていくか。安倍総理を中心にした国家戦略特区諮問会議、それから地域の国家戦略特区域会議に、特区の区域の指定とか、規制緩和のメニューなどの決定権が移っていきます。これまで規制緩和をする場合には一つ一つの法律を改正しなければなりませんでしたが、この特区の諮問会議で、この規制を変えたいとなれば、この諮問会議が決定権を持つことになるんです。

ですから、諮問会議のメンバーが非常に重要になります。今の政府の主要なメンバーに加えて、民間の規制緩和を進める代表者が過半数を占めてることになります。

 技術的には、国家戦略特区地域会議に具体的に規制緩和を進めたい人たちが提案をします。例えば解雇規制の撤廃を提案するにも、解雇規制を緩めたいという企業が提案しているということが考えられます。農業の問題もそうですし、まち町づくり、再開発等の問題も、企業が提案して、地域会議で決まってしまうとそれが諮問会議に委ねられるという形になります。

 この地域会議のメンバーも非常に気になります。国家戦略特区担当大臣、そして地方公共団体の長でたぶん都道府県の知事、加えて内閣総理大臣が選定した者となっています。ここにも地域の中での規制緩和を進める人たちがメンバーに選定されるのではないかと思っております。

 これが竹中平蔵氏が言っている「規制緩和の突破口」になる仕組みになるんですね。今までは各省庁での議論などもありましたが、規制緩和が地域会議あるいは諮問会議を通ってしまえば、国会の審議には関わらなくなってきます。

昨年、国家戦略特区の法律ができた時にどんな提案がされたか。旅館業、ベッド数、容積率の緩和、道路占有、年の内の利用主体や認定のしくみ、土地区画整理・都市計画・再開発の合意形成などです。

ベット数は医療機関の病院のベット数です。医療保険において、ベットの数が多くなればなるほど保険会計が悪化するという背景があります。病院経営者はベッドを遊ばせておかないようにどんどん入院患者を入れます。すると多額の医療保険が使われますから、適正な医療保険、持続可能な医療保険を維持するためにベッド数が自治体によって一定数規制されていました。それを今回、特区の中ではベッド数も増やしてよいということになっています。

また、さらなる土地利用の促進として、都市部において容積率の緩和とか、首都高速道路などの上の部分も商業利用で使おうという道路専有の緩和。そして都市農地の利用主体や認定の仕組みを変えるということが今回の法律に入っています。東京23区にも都市農地が残っていますが、農地を廃止するには23区においても農業委員会に諮った上でなければなりません。それを都心部における土地の高度利用ということで、地域の会議を通らなくても土地利用が自由にできるような仕組みを作ろうとしているわけなんですね。今回の規制緩和の特徴は、前段階での住民との合意形成はしなくていいと変わっていることだと思います。国家戦略特区の諮問会議で規制緩和が通るということです。

現在、国家戦略特区法の中では旅館業法、医療法、都市計画法、農地法がかかっています。しかし、構造改革特区法ではもっと数多くの規制緩和メニューがあります。国家戦略特区法によって意思決定の仕組みが成立して、構造改革特区のメニューが合体するという修正案が通っていますので、ほぼこの2つにあるものは国家戦略会議の諮問会議の思惑で規制緩和が進められる可能性が出てきているということです。

竹中平蔵さんは、「法律論的には難しいが、規制緩和の突破口として国家戦略特区をミニ独立政府として…」と。今後2年の間に突破口を作っていくと言われています。ひとつひとつ法律を変えることをせず、総合特区、国家戦略特区、ともに、ひとつの法律の中でたくさんの法律を一気に変えています。もともとの法律は変えられていませんから、法律の主旨は生きているにも関わらず、特区という運用の中でやろうということです。

仮に、TPPに批准してしまえば、いったん緩和した規制を元に戻すことのできないラチェット条項がかかってくるかもしれません。特区で行った規制緩和は、たとえ国民生活に大きな影響を及ぼし多くの国民が元の戻したいとしても、戻せなくなってしまうかもしれません。

「規制」は、基本的には国民の社会秩序の維持、生命の安全、環境の保全、消費者の保護という役割を担っています。しかし、今、農業者などは既得権者であるかのようにすり替えられてしまっています。総務省は規制を変える場合、どのような影響を受けるか国民が判断できるようにしなさいという規制緩和ガイドラインを示しています。そのひとつにパブリック・コメントがあります。ところが、特区で変えてしまうとパブコメもありませんし、ガイドラインに沿った手続きも行われていないのです。

「規制」は経済政策ではありません。すべて法律の主旨があります。農業で言えば、食の問題、環境の問題、安全性の問題などありますが、それらがすべえて経済効果で計られることになるのです。

このことが国会で十分議論されなかったことが非常に大きな問題です。変えるのであれば、まず各法の変更が必要で特区法で変えるのであれば、法の主旨の範囲でしか変えられない。特区法で変えるのであれば憲法95条に従い住民投票が必要なはずです。

総合特区法で出ています税財政措置がもうひとつの問題です。総合特区法は国家戦略特区導入にあたって、地域のインフラ整備の役割を担った法律だと思います。規制緩和の目的は、外国企業に日本市場を明け渡すということですが、そのためにはインフラ整備が必要です。建物を造ったり、投資市場の環境を整える必要があります。あるいは、インフラ整備という公共事業を名目に、減税、利子補給をするというのが目的だったかもしれません。

今、東京は軽いバブル状況ですが、都心部のビル建設資金を借りる場合の利子補給や不動産取得税、固定資産税、法人事業税を100%減免すると総合改革特区でやっています。法人事業税や固定資産税などは地方税ですが、地方税は条例で変えなければならないことになっています。東京都の法人事業税や固定資産税の100%の減免は、要綱要項であり、都議会の議決を得ることなく東京都はやっているんですね。地方税法違反ではないでしょうか。このような超法規的手続きで、外国企業の準備が着々と進んでいます。TPPの関係もあり、大きくはアメリカ企業が日本をターゲットにしているのが特区の流れではないかと思います。韓米FTAでは60余の法改正が行われましたけれども、日本政府は法改正をすることなく、特区でやろうとしているということです。 

国家戦略特区という形でさまざまな規制緩和が、公の議会ではなく、区域会議、諮問会議といった内閣総理大臣直轄の私的機関の中で進むことになります。投資が増える、外国企業の日本への進出が増える、医療売り上げが増加するといったことが成果とされ、すべてが経済の視点で計られることになってしまいます。

そうなると、GDPを増やすことが目的となります。GDPは、大きく見ると賃金、税、配当、利払い、地代などを足したものです。今、政府は何をしているのかと言うと、法人税を減らし、利払いを税金で補てんしてあげて、それで投資を増やそうとしています。これは株主の配当を増やすということにもつながります。

実は、経済産業省が2002年の通商白書で、すでに日本をはじめとした先進国は経済的にはもう収束期に入っているとあります。家電もだいたい揃っています。新たなものを、たくさん買うことによって経済の規模が増える時代は終わっていることを、経済産業省自らが象徴的に「収束期」と言っているんです。

収束期の経済の中ではGDPは大きく増えません。日本は人口も増えません。しかも高齢化ですから、労働人口は減っていくわけです。その中で今、GDPのパイの奪い合いが起きています。特区の仕組み中で、誰がそのパイを得られるのか。株主配当を増やすために、ということが外国企業の進出を増やし、売り上げ増加のためにさまざまな施策が行われているのが特区だと感じていますが、最終的にはパイの奪い合いですから賃金が減らされます。

これまで国家戦略特区は、ワーキンググループでどのような規制緩和をするのがいいかが話し合われていました。農業分野ではこのようなことが出ています。農業委員会に代わる農地利用監視機関の設立。株式会社などによる農地所有の解禁。農地利用などに関する慣例法制。農地法、農業経営基盤強化促進法の一元化。農地情報、地代、農地価格などの開示(データ)。農地転用規制の強化。一定期間における転用禁止。農外利用の罰則化。中小企業信用保障制度の農業関係法人への適用。農協への独占禁止法の適用。農協における各事業(信用事業、共済事業)に関する独立採算制。第三者監視制度の導入。中長期的には各事業の分離分割。減反制度の廃止。米価設定の廃止。農地への不動産信託の導入等々。

こういったことを行いながら農業規制を緩和しようとしているわけです。

岩盤規制を言われているものは雇用問題で、雇用の流動化と、医療、農業の問題、公立学校など公益法人の問題があるのではないかと考えています。

国家戦略特区法の附則には、5年以上雇う場合は正規雇用にするなどの労働契約法規定の見直しや公立学校民間委託について地方自治体と協議することが盛り込まれました。公立学校民間委託の最終目標は、公立学校を株式会社が運営できるようにすることです。

税金で運営されてきた公共事業や道路、上下水道などのインフラなど、まず、特区の中で、株式会社が運営できるようになっていくでしょう。